最も人間の命を奪っている生物と健康の話

2024.07.05


突然ですが、あなたは人間の命を一番多く奪っている生物を知っていますか?

エサを求めて人里に現れ、人を襲うというニュースがたびたび報じられる“熊”を思い浮かべるでしょうか。はたまた百獣の王“ライオン”や海のギャング“サメ”などの獰猛な動物でしょうか。いやいや、最も人間の命を奪っている生物は“人間”自身であると考えているかもしれません。

しかし、実は最も人間の命を奪っている生物、それは“蚊(mosquito)”なのです。私たちの身近な生活空間に潜む“蚊”が、最も人間の命を奪っている生物であると聞くと、少し疑いたくなるかもしれません。しかし、実際のところ蚊による死者数は年間70万人以上とも言われています。

これからの時期、蚊の活動が活発になってきます。蚊が私たち人間の健康にどのような影響をもたらすのか、そして蚊にどのように対策を打てばよいのか、今回は「蚊と健康」についてご紹介したいと思います。




蚊の生態と種類とは?


蚊は、約1億3千万年も前から地球上に存在する、昆虫の中でも最も古い種の一つとされています。私たちの生活空間の至るところに存在する蚊は、どのように生まれてくるのでしょうか。


蚊の成長過程


蚊の成長過程には、卵、幼虫、さなぎ、成虫の4段階があります。

1.卵
蚊は、1㎜程度の小さな楕円形の卵を水辺に産み付けます。乾燥すると死んでしまうため、水につかっている状態であることが重要なのです。

2.幼虫(ボウフラ)
卵は1~2日で孵化し、ボウフラと呼ばれる幼虫の状態で、水中に生息するプランクトンなどを餌にしながら成長します。

3.さなぎ(オニボウフラ)
ボウフラは、4~14日かけて約4回の脱皮を繰り返し、さなぎ(オニボウフラ)になります。

4.成虫
オニボウフラは、水中に浮きながら変態を遂げ、2~3日後に成虫へと羽化します。



代表的な蚊の種類


成虫は、オスとメスでその役割が異なります。普段は樹液や果汁、花の蜜を吸っており、人の血を吸うのは産卵を控えたメスだけです。世界中には、約3,500種類もの蚊が存在し、日本には約100種類が分布しているとされていますが、すべての種類の蚊が吸血行動を行うわけではなく、日本では10~20種類ほどのみが人を刺すと言われています。

代表的な蚊の種類としては、以下のものが挙げられます。

・シナハマダラカ:
シナハマダラカは、褐色で、腹部に黒い斑点がある、日本全国で最も多く見られる蚊で、主に5~10月の日中に活発に活動するとされています。

・ヒトスジシマカ:
その名のとおり、白いヒトスジのシマ模様が特徴の蚊で、5~10月の日中に活発な活動を行うとされています。日本国内では、北海道、青森を除くすべての地域に生息していますが、近年の温暖化により、生息地域が徐々に拡大しているようです。

・アカイエカ:
赤褐色で、日本全国に生息している蚊の一種で、4~10月の夜間に活動を行うとされています。

その他、コガタアカイエカ、イナトミシオカ、ヤマトヤブカなどの種類もあります。
蚊は、一般的には、気温20~30℃、湿度70~80%の環境で活発に活動すると言われていますが、その種類によって、活動時間帯、生息場所、吸血行動などが異なるのです。




蚊が媒介する恐ろしい病気とは?


蚊が、最も多く人間の命を奪っている生物である理由、それは多くの感染症を媒介する存在だからです。蚊によって媒介された病気が、世界中で多くの死者を出し、深刻な社会問題となっているのです。

・デング熱:
デング熱は、アフリカ地域、アメリカ地域、東南アジア等で見られるウイルス性の感染症ですが、近年日本でも発生が確認されています。症状としては、発熱、頭痛、筋肉痛、発疹、嘔吐などが挙げられ、重症化すると、出血や臓器不全を起こす場合もあります。

・ジカ熱:
ジカ熱は、中南米地域を中心に流行しているウイルス性感染症です。症状としては、発熱、頭痛、筋肉痛、結膜炎などが挙げられ、胎児への影響が懸念されており、妊婦が感染すると、小頭症などの先天性障害を引き起こす可能性があります。2016年リオデジャネイロ五輪の直前に問題視され、記憶に新しい方もいらっしゃるかもしれません。

・マラリア:
マラリアは、サハラ以南のアフリカ地域を中心に流行している寄生虫感染症です。かつて沖縄・八重山諸島で流行しましたが、撲滅に成功しています。症状としては、発熱、寒気、頭痛、嘔吐、関節痛、筋肉痛などが挙げられますが、重症化すると、死に至ることもあります。

・日本脳炎:
日本脳炎は、東アジアを中心に流行しているウイルス性感染症です。症状としては、高熱、頭痛、嘔吐、意識障害などが挙げられます。日本では、ワクチン接種と豚飼育の変化等により患者発生数が減少しています。

・ウエストナイル熱:
ウエストナイル熱は、アフリカ、中東、中央アジア、北米を中心に流行しているウイルス性感染症です。症状としては、発熱、頭痛、筋肉痛、倦怠感等が挙げられます。

・その他の健康被害:
蚊は、感染症だけでなく、アレルギー反応や皮膚炎などの健康被害も引き起こします。蚊に刺されると、かゆみ、腫れ、痛みなどの症状が現れ、重症化すると、アナフィラキシーなどのアレルギー反応を起こす場合もあります。

蚊は、人間の皮膚を刺し、唾液を注入しながら血液を吸います。この唾液には、麻酔作用や抗凝固作用などの成分が含まれており、針を刺したときの痛みを生じさせずに血液を吸うことができるのです。さらにこの唾液中に病原体となるウイルス等が含まれていると、上記のような様々な感染症を引き起こすのです。近年、地球温暖化の影響で蚊の分布拡大や活動地域の拡大が懸念されており、これまで以上にしっかりとした対策が今必要とされています。




これだけは知っておきたい蚊対策


それでは、蚊による健康被害を防ぐための対策や予防法には、どのようなものがあるのでしょうか。
蚊による健康被害を防ぐには、まず何と言っても刺されないようにすることが重要です。蚊は、呼吸による二酸化炭素、高めの体温、汗や足の臭い、濃い色の服装などを目印として、人に近寄ってきます。

このような蚊の習性を踏まえて、以下のような対策を講じてみましょう。


<蚊刺され対策>

・刺されにくい服装をする:
できるかぎり露出を控え、長袖・長ズボンを着用し、素足でのサンダル履きを避けましょう。スキニーのようなタイトな服装は、服の上からでも刺されてしまう可能性が高くなるので、ややゆったりとしたシルエットの服装がより良いです。また、薄手の生地や暗い色の服装も蚊に刺されやすいので注意が必要です。

・汗をこまめに拭く、体温を低下させる:
蚊は汗の臭いを感知して近づいてくるので、汗をかいたらタオルや汗拭きシートでこまめに拭き取るようにしましょう。また、冷却スプレーや無臭タイプの制汗スプレーなども活用し、汗や足の臭いに気を配り、体温を下げるようにしましょう。

・虫よけスプレーを活用する:
肌を露出した服装にするときは、外出前に、肌に市販の虫よけスプレーを塗布しましょう。肌が弱い等の理由で直接塗布することが難しい場合は、首から下げるタイプの虫よけ用品を活用してみても良いでしょう。

・ドアや窓を開けっぱなしにしない:
蚊はちょっとした隙間からでも部屋に侵入してきます。そのため、換気を行うときには網戸をしっかりと閉めるようにしましょう。網戸用の虫よけスプレーもあるので、有効に活用しましょう。


<蚊の発生源対策>

・水たまりをなくす:
庭やベランダにある水たまりは、蚊の産卵場所となります。こまめに対処を行って、水たまりを放置しないようにしましょう。

・庭の手入れ:
草むらや落ち葉等は、蚊が好む環境となる可能性が高くなります。定期的に庭の手入れを行って、蚊が潜む場所を減らすようにしましょう。


<地域レベルでの対策>

以上のような個人レベルでの対策だけではなく、場合によっては地域レベルでの対策が必要になることもあります。自治体において、蚊の発生状況に応じて、定期的に噴霧消毒を実施すること、水たまりをなくしたり、草刈りを行ったりすることで、公園や公共施設などの公共空間に発生源対策を実施すること、あるいは蚊の生態や被害、そして対策について広く周知することで、地域全体の意識向上を図る啓発活動を実施したりすること等が考えられます。

蚊の脅威から人々を守るためには、個人レベルと地域レベルの両方の対策が必要です。一人一人が意識を高め、協力し合うことで、蚊の被害を減らし、より健康的で安全な生活環境を守ることができます。

万一、蚊に刺されてしまった場合には、刺された部分を氷や水などで冷やし、かゆみを抑えるようにしましょう。特に小さな子どもは我慢できずにかいてしまうので、外出の際には、かゆみ止めの塗り薬等も携帯することをオススメします。




蚊対策を行って快適な生活を送ろう


これまで、蚊の駆除や感染症対策は、主に殺虫剤や防虫ネットなどの物理的な手段で行われてきました。しかし、これらの方法には、環境への負荷や薬剤耐性を持った蚊の登場といった問題等も存在します。

近年では、これらの手段とは異なり、蚊を根本から断ち切ることを目指した新たな取り組みが進められています。代表的なものには、蚊の生殖能力を低下させたり、病原体を媒介できない蚊を開発したりする遺伝子操作技術、そして蚊が媒介する感染症のワクチン開発等があります。これらの新たな取り組みは、より効果的な蚊対策となる期待が寄せられているのです。蚊は、単なる不快な虫ではなく、私たちの健康、さらには生命を脅かす存在であることを忘れてはいけません。多くの感染症を媒介する蚊は、古くから人類にとって大きな敵であり続けています。近年、地球温暖化の影響で蚊の分布拡大や活動地域の拡大、殺虫剤への耐性を持った蚊の登場といった懸念があり、従来の対策方法だけでは限界に近づきつつあります。

しかし、科学技術の進歩と私たちの行動変容によって、この課題を克服することは決して不可能ではありません。現状、蚊を完全に駆除することは難しいとしても、知識と対策を組み合わせることで、被害を最小限に抑えることは可能なのです。

蚊の被害を防ぎ、健康を守るためには、何よりもまず個々の行動が重要です。この記事でご紹介した基本的な対策を講じて、蚊対策をしっかりと行うようにしましょう。それでも、万一、蚊に刺されたことによって発熱や頭痛、筋肉痛などの症状が出たら、早めに医療機関を受診しましょう。より健康的で安全な生活環境を守っていくために、私たち一人ひとりが蚊への理解を深め、対策に取り組んでいくことが重要なのです。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


<参考文献>

・厚生労働省「蚊媒介感染症」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164483.html、2024年6月24日閲覧

・WHO「Malaria」
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/malaria、2024年6月24日閲覧

・東京都「施設管理者向け蚊の発生防止対策~蚊媒介感染症防止のために~」
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/eisei/baikaikataisaku/boushi_gekkann.files/R5kapanhu.pdf、2024年6月24日閲覧

・水田英生、「輸入感染症と蚊」環動昆/17巻(2006)4号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjeez/17/4/17_167/_pdf/-char/ja、2024年6月24日閲覧

・フマキラー「「蚊」対策 豆知識 ① 蚊の種類・生態を知る」
https://fumakilla.jp/column/ka/1/、2024年6月24日閲覧