苦しむ前に知っておきたい依存症の話

2024.05.03


はじめに


2024年3月、大谷翔平選手や山本由伸選手が今シーズンよりプレーするロサンゼルス・ドジャースは、韓国で華々しい開幕戦を迎えました。しかしその直後、衝撃的なニュースが世界中を駆け巡りました。それは、大谷翔平選手の元通訳による違法賭博問題です。
大谷翔平選手がメジャーリーグデビューを果たしたロサンゼルス・エンジェルスに所属していたときから、長年にわたり公私をともにしてきた元通訳の不祥事は、連日各メディアで報道され、大々的に報じられることになりました。

アメリカでは、スポーツベッティング(賭博)の取扱いについて、近年州ごとに定める州法で合法化する動きが一斉に広がりましたが、いまだに違法としている州も少なくありません。かく言うロサンゼルスがあるカリフォルニア州も、スポーツベッティングを違法としている州の一つです。

実は、アメリカでスポーツベッティングが合法化される背景には、複雑な事情がありました。違法であるがためにアンダーグラウンド、隠れてベッティングが行われ、海外へ資金が流出したり、適切な管理ができず依存症へと陥る人々が増加したりといった問題が起こっていたのです。
オンラインで世界中のあらゆるサービスを利用できるこのご時世、完全に規制の網にかけることは困難である、それならばいっそのこと合法化して、目に見える形でお金の出入りや参加する人を管理して、しっかりと対策を講じようということが要因の一つになっていたのです。

元通訳の事件は、まさにそのような問題点を露呈したものであったと言えるでしょう。

そして、賭博が違法とされている日本においても、対岸の火事ではありません。山口県阿武町で誤送金された新型コロナウイルス臨時特別給付金がオンラインカジノに使用されたというニュースは記憶に新しいのではないでしょうか。

そこで今回は、ギャンブル依存症を取り上げ、依存症に陥らないようにするためにできることをご紹介したいと思います。



ギャンブル依存症とは?


依存症は2種類に分けられる

依存症(Addiction)には、その名のとおり何かに依存して離れられなくなる状態を指しますが、大きく2種類に分かれます。

1つは、特定の物質に依存する「物質依存」です。
お酒に依存するアルコール依存症や麻薬などの違法薬物に依存する薬物依存症などは、一度は聞いたことがあるかと思います。

もう1つは、特定の行動を嗜癖する「行動嗜癖」と呼ばれるものです。
この行動嗜癖に分類されるのが、ギャンブル依存症です。

ギャンブルは日本では「賭博」と訳されますが、刑法で禁止されており、
①勝敗が偶然の事情により決定されること
②その勝敗により財物や財産上の利益の得喪を争うものであること
の2つの要件を満たすものが法規制の対象とされています。



ギャンブル障害の診断基準

国際的に見れば、WHO(世界保健機関)のICD-10による分類では、「病的賭博(Pathological Gambling)」、アメリカ精神医学会のDSM-5による分類では、「ギャンブル障害(Gambling Disorder)」とされています。

DSM-5では、ギャンブル障害の診断基準を以下のようにしています。

12か月間にわたって、以下のうち4つ(あるいはそれ以上)を示す個人によって示される、臨床的に重大な障害または苦痛につながる問題のあるギャンブル行動が持続的および再発する。

1.興奮を得るために、掛け金を増やしてギャンブルする欲求がある。
2.ギャンブルの機会を減らしたり止めたりしようとすると、落ち着きがなくなったりイライラしたりする。
3.ギャンブルの機会をコントロール、減らす、止める努力の失敗を繰り返す。
4.ギャンブルに夢中になることが多い(過去のギャンブル経験を追体験する、ハンディキャップを負わせたり次の投機を計画したりする、ギャンブルに必要なお金を得る方法を考えるなどの執拗な考えを持つ)。
5.苦痛(無気力、罪悪感、不安感、憂鬱)を感じているときに、よくギャンブルをする。
6.ギャンブルでお金を失った後、帳消しにするために別の日によく戻ってくる(損失を「追いかける」)。
7.ギャンブルへの関与の程度を隠すためのウソをつく。
8.ギャンブルが原因で、重要な人間関係、仕事、教育やキャリアの機会を危険にさらしたり失ったりしたことがある。
9.ギャンブルによる絶望的な経済状況を救うために、他人にお金を提供してもらうことに依存する。
(DSM-5 Diagnostic Criteria: Gambling Disorder)

以上の基準を見て、あなたはどのように感じるでしょうか。
ギャンブルではなく、テレビゲームやモバイルゲームだとどうでしょう。甘いものや化粧品などに置き換えたら?ダイエットのために甘いものを我慢してみたけど失敗したり、ストレスを感じているときに甘いものを食べたりしていませんか?

ギャンブルではないにしても、多くの人が特定の行動やモノで同じような経験をしている、つまり機会さえあれば依存症は誰にでも陥り得るものだということです。

だからこそ、知識を身につけて、実践していくことが大切なのです。



ギャンブル依存症の原因


大谷選手の元通訳の事件を受けて、あんなにキラキラした世界にいたのになぜ?と思った方も少なくないと思います。日本人の平均年収からすれば、通訳として高額な報酬を得ていたのに、なぜ何十億円ものお金を失うことになったのか。その背景には、様々な要因がとても複雑に絡んでいると思われます。


生理学的要因(ドーパミンと報酬系の異常)

ギャンブルを行うと、脳内ではドーパミンが大量に分泌され、高揚感や達成感を得ることができます。ドーパミンとは、運動やホルモンの調節、快楽の感情、意欲、学習などに関わる神経伝達物質です。スポーツ選手が試合中にケガをしていたにもかかわらずプレーを続け、試合後に「ドーパミン」が出ていてケガしたことに気がつかなかった、ということを見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

ドーパミンは、ときに脳内麻薬と呼ばれることもあります。このドーパミンをギャンブルで繰り返し放出していると、徐々に耐性ができてきて、これまでと同じ刺激では足りなくなり、より刺激のあるものを求めるようになります。そして、離脱症状、いわゆる禁断症状と言われるような手の震え、動悸などが表れます。このような耐性と離脱を繰り返すことにより、脳が制御不能になり、報酬系が異常状態に陥ってしまうのです。これがギャンブル依存症の悪循環を生み出してしまうのです。

また一説には、ギャンブル依存症の家族歴がある人は、そうでない人に比べて依存症になりやすい傾向があるとも言われています。これは、脳のドーパミン、報酬系に遺伝的な要因も影響を与えている可能性があることを示唆しています。



心理学的要因(負の感情の解消、性格的特徴)

ストレスや不安、孤独などの心理的な問題を抱えている人は、ギャンブルでその負の感情を解消しようとする傾向があるとされます。また、自己肯定感の低い人は、ギャンブルで勝つことで自信を得たり、自己肯定感を高めようとしたりすることもあります。衝動的、楽観的、リスクを顧みないといった性格的な特徴を持つ人は、ギャンブル依存症に陥りやすいともされています。このような性格的な特徴は、適切な判断を妨げ、ギャンブル依存の陥る要因の一つなのです。



社会学的要因(社会的環境)

ギャンブルを行う人が多い環境に身を置くと、自分自身もギャンブルをするようになりやすいといった社会的環境も影響するとされています。ギャンブルが身近に存在し、スマホやパソコンで簡単にアクセスできる環境があることも、ギャンブル依存症のリスクを高めています。社会的な規範や文化的背景もギャンブル依存症に影響する可能性があり、ギャンブルが合法化されている文化圏では、ギャンブル依存症のリスクが高くなるとも言われています。

ただし、先にご紹介したように、アメリカでスポーツベッティングが州法で合法化された背景には、違法としていてもスマホやパソコンで簡単に賭けることができ、隠れて賭博を行われると実態の把握や管理ができないことがあったということも忘れてはなりません。



ギャンブル依存症の治療


ギャンブル依存症は、その人だけでなく、家族や社会にも深刻な影響を与えかねない深刻な病気です。本人が精神的な問題を抱えてしまうのみならず、借金まみれになったり、人間関係が悪化したりと様々な問題につながる可能性があるのです。だからこそ、ギャンブル依存症の徴候が見られたら、適切な治療を行い、対処していくことが大切なのです。

ギャンブル依存症の治療法には、以下のようなものがあります。


認知行動療法

認知行動療法は、依存症の根本的な原因となる考え方や行動パターンを改善することを目的とした心理療法です。ギャンブルに対する考え方や行動パターンを分析し、より健康的な考え方や行動パターンへと変えていき、意識的に対処していきます。


薬物療法

薬物療法は、抗うつ薬や抗不安薬などの薬を用いて、依存症に伴う症状を改善する方法です。不安や抑うつなどの症状を軽減することで、安定した精神状態で治療に注力することができます。ただし、直接的にギャンブル依存症を治癒するものではないことに注意が必要です。


自助グループ

自助グループは、同じ悩みを抱える人たちが集まって互いに支え合う場です。経験談を共有したり、励まし合ったりすることで、治療のモチベーションを維持することができます。先にお話したとおり、ギャンブル依存症は耐性と離脱を繰り返すことで陥る、いわば習慣の病気です。そのため、依存症を改善するには、習慣を改めるような長期的な取組みが必要になります。だからこそ、一人で抱え込むのではなく、家族など周囲の人々の理解を深め、適切なサポートを受けることで、回復に向けて歩んでいくことができるのです。



ギャンブル依存症の予防


ギャンブル依存症に陥ってしまうと、長期的な治療が必要になってしまいます。そのため、まずはギャンブル依存症に陥らないようにすることが何より大事になります。

ギャンブル依存症の予防には、以下のような対策が挙げられます。


ギャンブルのリスクを理解する

まず何より日本では、たとえ海外のウェブサイトであっても、賭博は原則として法律で禁止されています。そのため、日本でギャンブルを行う場合には、法的リスクがあることを理解しましょう。
そして、ギャンブルは、長期的に見れば、負ける可能性の方が圧倒的に高いため、大金を失うリスクがあることも忘れてはなりません。


予算を決めてギャンブルをする

日本では原則禁止であっても、国が管理運営する公営ギャンブルは行うことができ、あるいは海外旅行で合法的にギャンブルを行うこともできます。もしギャンブルを楽しみたいという場合は、予算を決めておきましょう。予算を決めることで、必要以上に使いすぎてしまうことを防ぐことができます。

そして、ギャンブルで負けたとしても、その損失を取り戻そうとすることは絶対にやめましょう。負のスパイラルを生み出し、さらに損失を大きくする結果になってしまいます。投資で言う「損切り」がとても大切なのです。


ギャンブル以外の娯楽を見つける

もちろん、ギャンブル以外の娯楽を見つけることも、予防策の一つになります。スポーツ、読書、旅行など、ギャンブル以外のものに打ち込むことができれば、ギャンブルへの依存を防ぐことができます。


心身の健康を保つ

ストレスや不安などのメンタルヘルスの問題を抱えている人は、ギャンブル依存症になりやすいとされています。適度な運動やメンタルヘルスケアをしっかり行い、心身の健康を維持することを心がけましょう。


身を置く環境に気をつける

ギャンブル依存症は、身を置く環境も重要になってきます。ギャンブル志向が強い人が集まる場所、ギャンブル好きな人との人間関係から離れる勇気が必要です。家族をはじめ周囲の人々の協力も得ながら、健全な環境に身を置くよう心がけましょう。



知識を身につけて予防しよう


今回は、ギャンブル依存症についてご紹介しました。
日本では、原則としてギャンブルは禁止されているため、対岸の火事のように感じるかもしれません。しかし、ちょっとしたボタンの掛け違いが起これば、誰でも陥り得るものであるということ忘れてはなりません。スマホやパソコンで世界中のあらゆるサービスを利用できるこのご時世、いつどこで誰がギャンブル依存症に陥るかもわからないのです。依存症は、早期発見、早期治療が大切になります。身近な人が苦しんでいるときは、手を差し伸べてあげましょう。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


<参考文献>

厚生労働省、ギャンブル依存症の理解と相談支援の視点、https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/000633402.pdf、2024年4月27日閲覧
吉田精次、ギャンブル依存症~それはどのような疾患で、どう回復すればよいのか?~日本の科学者54巻(2019)10号、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsci/54/10/54_24/_pdf/-char/ja、2024年4月27日閲覧
American Phychiatric Association、DSM-5 Diagnostic Criteria: Gambling Disorder、https://portal.ct.gov/-/media/dmhas/pgs/dsmdiagnosispdf.pdf、2024年4月27日閲覧