現代社会では、デスクワークやテレワークなどの座り仕事が増えるなど、仕事やライフスタイルの変化により、運動不足によって健康被害が生じることが多くなっています。一方で、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、人々の健康志向を高める一つの契機となり、運動やスポーツの習慣を持つ人も多くなりました。
そのような中、特に女性において絶大な人気を博している運動が“ピラティス”です。あなたの周りにもピラティスに取り組んでいるという人がいるのではないでしょうか。ピラティスは、健康のためだけではなく、美容・スタイル維持のため、リラクゼーションのためなど、さまざまな目的で取り入れられています。
コロナ禍で不要不急の外出を避けるよう呼びかけられ、運動不足を解消する手段として取り入れる人が多かったのは、ピラティスの手軽さやその効果への期待があったからに他なりません。しかし、ピラティスという言葉は知っていても、これまで実際に取り組んでみたことがなく、ピラティスがどのようなものなのかを知らないという人も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、今さら聞けないピラティス(理論編)についてご紹介したいと思います。
ピラティスとは?
ピラティスとは、創始者であるジョーゼフ・ピラティス氏が、自身の病弱な身体を克服するために開発したメソッドで、主にリハビリや健康維持の手段として広く活用されてきました。
「身体(Body)」、「心(Mind)」、「精神(Spirit)」を自分自身でコントロールするという身体教育学を、ピラティス氏は「Contrology(コントロロジー:コントロール学)」と名付けました。ピラティスはまた、人間の身体は「可動性」と「安定性」という異なる役割を持つ関節が交互に積み重なっているというジョイント・バイ・ジョイント理論の考え方をもとにしているとされています。
「可動性」の関節とは、肩関節や股関節などの大きな動き、柔軟性を必要とする関節のこととです。
「安定性」の関節とは、腰椎や膝関節などの身体を支える動作の基盤、安定性を求められる関節のことです。
ピラティスは、可動性関節の「可動性」、安定性関節の「安定性」を向上させる方法ということができるでしょう。ピラティスが近年急速に普及していることは周知のとおりです。
アメリカでは、2000年に約170万人だったピラティス人口は、2006年には約1,060万人にも達したとされています。それは、エリートアスリートや慢性疾患を抱える人などの特定の人だけではなく、老若男女問わず多様な健康状態の人々がピラティスに取り組むようになったからに他なりません。
幅広い属性の人が取り入れられる適応力こそ、ピラティスの魅力の一つであり、世界中で急速に普及した理由でもあるのです。
リハビリとして活用することができるくらいの低い強度のエクササイズでも、その恩恵を受けられるのがピラティスなのです。多様性の現代社会を生きる私たちにとって、それぞれのニーズに合わせて取り入れることができるうってつけのメソッドと言えるでしょう。
ピラティスの効果
ピラティスがどのようなものかということをおわかりいただけたと思います。それでは、ピラティスは具体的にどのような効果をもたらしてくれるのでしょうか。
代表的なものを5つご紹介します。
体幹の強化
ピラティスの最大の特徴は、身体のコア、体幹を強化することです。体幹は姿勢やバランスに直結しており、日常生活や運動・スポーツなどのあらゆる場面で重要な役割を果たします。
ピラティスに取り組むことで、腹筋や背筋などの体幹部のインナーマッスルが鍛えられ、身体の軸をしっかりと安定させることができます。安定性関節の「安定性」を向上させてくれるのですね。
これにより関節の不安定さ、身体の「歪み」による局所的な負荷を防ぐことができ、ケガや身体の不調のリスクが減少させることができます。
姿勢の改善
現代社会において、長時間のデスクワークやテレワーク、スマートフォンの使用により、猫背や肩こり、腰痛などの姿勢の悪さに起因する身体の不具合が増えています。ピラティスは、このような問題を改善するためのエクササイズとしても非常に効果的です。
体幹を鍛え、正しい姿勢を意識することで、肩や腰など局所的な負荷がかかるのを軽減することができ、姿勢の悪さに起因する問題を改善・予防することができます。
柔軟性の向上
ピラティスは、筋力もさることながら柔軟性を高める効果があります。特に、筋肉を伸ばしながら行う動作は、関節の可動域を広げ、日常生活や運動・スポーツの動作をスムーズに行うことができるようになります。
可動性関節の「可動性」を向上させてくれるのです。柔軟性の向上が、ケガなどの予防につながることは言うまでもありませんよね。
ストレス解消、リラクゼーション
ピラティスは、心身の高いリラクゼーション効果も得ることができます。集中力を高めて、呼吸と動作を連動させることで、心身のバランスを整えることができます。
ゆっくりと深く呼吸を行い、酸素を全身に巡らせることで、より高いリラクゼーション効果が得られます。これにより、ストレスの軽減や精神的な安定を促進することができます。
ダイエット
ピラティスは、体幹を中心として全身をバランスよく使うため、全身の筋肉を刺激しながら引き締まったボディラインをつくることができます。
特に、ゆっくりとした動作で行うピラティスは、筋持久力を高めるとともに、基礎代謝を向上させる効果があります。これにより、長期的なダイエット効果を期待できるのです。
ピラティスの基本原則
ピラティスは、コントロロジー、つまり「身体(Body)」、「心(Mind)」、「精神(Spirit)」を自分自身でコントロールするというトータルアプローチです。
先にご紹介したピラティスの効果は、身体的、精神的、社会的に良好な状態、つまり「ウェルビーイング(Well-being)」に寄与するものです。ピラティスには、6つの要素に基づいた基本原則があります。
呼吸
これまでの健康記事でもその重要性をお話ししてきましたが、ピラティスにおいても“呼吸”は最も重要な要素の1つであり、エクササイズ全体に深く関わります。「身体(Body)」、「心(Mind)」、「精神(Spirit)」を貫く本質が“呼吸”と言っても過言ではありません。
普段無意識のうちに行っている呼吸も、意識的に行い、正しい呼吸法を身につけることで、ピラティスの効果をより高いものにしてくれます。
集中
ピラティスでは、各エクササイズを正確に行うために、意識を集中させることが求められます。
エクササイズのポイントや身体のアライメント(関節の機能を十分発揮できる最適な位置関係)、そして呼吸に集中することで、ただ身体を動かすだけでなくコントロールすることができ、最大限の効果を得ることができます。集中はピラティスの実践において欠かせない要素です。
センター
ピラティスにおいて、「センター」は身体のコア、コアの筋肉を指し、全身のバランスと安定を保つ重要な要素です。身体のコア、重心を意識し、動作の中心からエネルギーを引き出すことで、エクササイズの効果を高めることができます。
重心は常に一定の場所にあるのではなく、その動作によって変化する動的なものであるため、重心を意識することが重要なのです。コアの筋肉は腹部、背中、骨盤周りの筋肉群を指し、これらの筋肉を鍛えることが全身のバランスや安定性の向上につながります。
コントロール
ピラティス氏が「コントロロジー」と名付け普及させようとしたことからも、コントロールが重要な要素であることは言うまでもないかもしれません。コントロールは、エクササイズの動作を正確に統制することを指します。
このコントロールは、身体の細部にまで意識を向けることで、無駄な動作を減らし、より効率的なエクササイズにすることができます。初めて取り組む動作は意識的にコントロールする必要がありますが、繰り返し同じ動作を行うことで、徐々に無意識的に行うことができるようになります。
コントロールが向上することで、エクササイズが効率的に行えるようになり、筋肉の過度な緊張を防ぐことができるのです。
正確性
正確性も、意図した動作をその意図通りに実行できるかというピラティスの動作において非常に重要な要素です。正しいアライメントと適切な筋肉の活性化を通して、本来の目的を達成することができるのです。
正確性を高めることで、一つひとつの動作からより多くの恩恵を得ることができ、ピラティスの本質的な効果を引き出すことができます。また、正確な動作はケガの予防にもつながり、全身のバランスも整いやすくなるでしょう。
フロー
フローとは、途切れのない連続した動作を指し、その名の通りエクササイズが流れるように実施されることを指す要素です。ピラティスは、「強いセンターから外へ流れていく動き」と表現されることもあります。
エクササイズの動作が熟練されることで、エクササイズ全体をスムーズに実施することができ、各動作がつながりを持つようになり、リズム感や調和が生まれます。またフローは、「ゾーン」と呼ばれる心理的に極めて集中力の高い状態と関連し、クリエイティブな動作の感覚を生み出します。
以上6つの基本原則は、ピラティスの動作とエクササイズ全体の基盤をなし、各要素が身体的、精神的なつながりを持つことが重要です。
これらの原則をどのように活用し、エクササイズに取り入れるかは、個々の目的によって異なります。どのような目的であっても、ただ単にエクササイズの手順をマネするのではなく、これらの原則を意識し、そのときの心身の状態に合わせて活用することが大切なのです。
まずはピラティスを知ることから始めてみよう!
今回は、今さら聞けないピラティス(理論編)についてご紹介しました。ここまで読んできたあなたは、ピラティスの全体像と重要な理論のポイントを理解することができたのではないでしょうか。
ピラティスは、コントロロジー、つまりコントロール「学」というしっかりとした学問に基づいて考案されたものです。だからこそ、取り組む前には最低限の知識を習得しておく必要があります。
まずは、今回ご紹介したピラティスの知識をしっかりと身につけるようにしましょう。次回は、ピラティス(実践編)をご紹介したいと思いますので、楽しみにしていてください。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
<参考文献>
・ラエル・イサコウィッツ、カレン・クリッピンジャー、中村尚人日本語版監修、東出顕子訳、「最新ピラーティスアナトミィ:コアの安定とバランスのための本質と実践」、ガイアブックス、2020
・藤谷順三、西良浩一、「脊椎疾患に対するピラティスによる運動療法の可能性」Journal of Spine Research/14巻(2023)6号、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspineres/14/6/14_2023-0609/_pdf/-char/ja 2024年10月14日閲覧
・磯野香代子、猿渡康、「運動の継続を促進する指導者の特徴:ピラティス指導者の質的分析」体育学研究/66巻(2021)、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpehss/66/0/66_20085/_pdf/-char/ja
2024年10月14日閲覧