人生の成功を大きく左右する“EQ”(前編)


昨今のクイズ番組ブームにおいて、MENSA(メンサ)という言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。メンサとは、世界上位2%のIQ(知能指数)を持つ者のみが会員である国際団体です。メンサの会員がクイズ番組で高いレベルの知識を持っているのを見て、頭が良くなりたい、我が子もこれくらい頭が良くなってほしいと思った方もいらっしゃるかもしれません。

たしかに、IQは知能を表す指標として有効であり、IQの高い人は物事を様々な角度から捉える能力に長けています。しかし、人生の成功において、IQよりももっと大切だとされる指標があります。
それは、「EQ」と呼ばれる指標です。

そこで今回から2回にわたって、EQの基本的な概念からその重要性、実践的な向上方法までご紹介したいと思います。



EQとは?


EQとは、「Emotional Intelligence Quotient」の略称で、「こころの知能指数」と呼ばれます。
(研究論文等では「Emotional Intelligence」の略称であるEIが多く使用されていますが、この記事ではIQ(Intelligence Quotient)との対比のため、そして日本で一般的に使用されるEQを使用します。)

EQは、その評価方法により多少異なる定義がなされますが、一般的には感情について正確に類推する能力、思考を強化するために感情とその知識を使用する能力を指し、『EQ2.0』※1においては、個人的なスキルである「自己認識」と「自己管理」、社会的なスキルである「社会的認識」と「人間関係管理」の4つのスキルに分類することができるとしています。

EQの高さは、人の感情を理解し、自分自身と他者との関係を良好に保つ指標になるとされています。このことから、良好な人間関係を築き、仕事での成功などに寄与するEQの方がIQよりも重要であると主張されることが多いのです。



EQを測定するには?


それでは、EQを測定するにはどうしたら良いのでしょうか?
やはり感情やこころといった目に見えないものを数値化するため、正確に測定することは難しいとされていますが、一般的には次のような方法でEQを測定します。


1.EQテスト

EQテストは、EQの主な要素やスキル等に関する質問に対して回答することで、EQを測定する方法です。EQテストにはいくつか種類があるため、以下に代表的なものをご紹介します。

○MSCEIT(Mayer-Salovey-Caruso Emotional Intelligence Test)

MSCEITは、EQを測定するテストとして開発され、現在最も使用されているテストの一つです。
MSCEITは、EQを「感情の知覚(他者の感情や自分の感情を正確に認識する能力)」、「感情の理解(感情の原因や意味を理解する能力)」、「感情の利用(感情を自分や他者のために有益に活用する能力)」、「感情の管理(自分自身の感情や他者の感情を適切に管理する能力)」の4つに分類して評価します。


○EQ-i(Emotional Quotient Inventory)2.0

EQ-i 2.0とは、自分自身や他者の感情をどれだけ理解し、それに適切に対応できるかを評価することでEQの測定を行うEQ-iのアップデート版です。
EQ-i 2.0では、「自己認識(自分自身の感情や自己評価を理解、受け入れる能力)」、「自己表現(自分自身の感情を適切に表現し、他者とコミュニケーションをとる能力)」、「対人関係(他者との関係を築き、維持する能力)」、「意思決定(自分自身の感情を踏まえつつ、柔軟かつ効果的な意思決定をする能力)」、「ストレス管理(ストレスに対処し、リラックス状態をつくる能力)」という5つのEQ複合領域を使用してこれらの結果が表示されます。


○ECI(Emotional Competence Inventory)

ECIは、自分自身と社会を対象の領域としたEQテストです。
このテストは、感情の知覚と感情のコントロールの機能に着目し、「自己認識」、「自己コントロール」、「社会的認識」、「社会的スキル」という4つに分類して評価します。

そのほか、『EQ2.0』※1で紹介されているEmotional Intelligence Appraisal、個人が持つ感情の特性や能力を評価するためのTEIQue(Trait Emotional Intelligence Questionnaire)、対人関係やコミュニケーションスキルなど、社会的な側面に焦点を当てたSEI(Social-Emotional Intelligence Survey)といったEQテストもあります。EQテストは、それぞれ異なるアプローチや重点を持っており、より正確にEQを測定する際には、専門家監修の下で最適なEQテストを選択、実施することが望ましいことは言うまでもありません。

しかし、WEB上で手軽に利用できるEQテストに全く意味がないかと言えばそうではありません。
正確なスコアを測定して、他の人とスコアを比較して優劣を競うものではなく、あくまでも自分自身の現在地を知り、EQを高めていくためにどの要素に着目すれば良いかの気づきを得ることはできるからです。まずは自分自身を振り返る機会として、気軽に受けられるEQテストを利用してみましょう。


2.自己評価

自己評価は、自分自身が感じる感情や他者とのコミュニケーションについて、客観的に自己分析する方法です。以下のような点について、自己評価を行うと効果的です。

○感情の知覚

まず自分自身の感情を理解し、それを自覚することが何よりも重要です。日々の感情の起伏やその原因を振り返り、そのときどのように感じたかを意識的に観察して、記録すると良いでしょう。


○感情の管理

自分の感情を適切に管理できているかどうかを考えます。ストレス環境下で冷静さを保つ能力や、他者との対話で感情を適切に表現するスキルを自己評価してみましょう。

○対人関係のスキル

他者とのコミュニケーションや協力関係がスムーズに行えているかどうかを考えます。他者の感情を理解する能力や共感する力が、良好な対人関係の構築に寄与するのです。

○問題解決・意思決定

難しい決断を迫られる状況下で冷静に問題を解決できるか、自分自身の感情を踏まえつつ意思決定できるかを自己評価してみましょう。

以上のような自己評価を行う際は、自分自身の人生観や理念を軸に据え、それを体現するための柔軟な対応を行えているかについても検討するとより良いでしょう。
また、主観的な評価で終始してしまわないように、日記を書いたり、他者からのフィードバックをもらったりすることで客観的な視点を取り入れることができます。自分自身の立ち居振る舞いを見直す時間を持ち、しっかりと向き合いましょう。


3.他者からのフィードバック

他者からのフィードバックを求めることも、自分のEQを測定するのに有効と言えます。信頼できる家族や友人、あるいは職場の人などに、以下のように自分自身の感情やコミュニケーションについて聞いてみましょう。

○直接フィードバックを求める

日頃の自分自身の感情やコミュニケーションについて、他者からのフィードバックをもらうようにしましょう。家族、友人、職場の人をはじめ、様々な立場の人からのフィードバックを集めることで、より詳細なEQに関する情報を得ることができます。


○行動の観察

自分自身の感情の管理や他者とのコミュニケーションについて、日頃の行動やコミュニケーションについて観察してもらうことも有効な方法と言えます。可能であれば、打ち合わせなどの様子をビデオ録画して、その動画を見ながら観察を行うとより良いでしょう。

○インタビューやロールプレイ

インタビューやロールプレイを通じて、ある状況下での感情の管理やコミュニケーションスキルを疑似的に評価することもできます。感情が動くようなシチュエーション、会話内容を想定して、インタビューやロールプレイをしてみましょう。

以上、EQの測定方法について、EQテスト、自己評価、他者からのフィードバックという3つの方法をご紹介しました。EQを正確に測定することはとても難しいものですが、これらの方法を組み合わせることで、より正確なEQ、そして自分自身の感情への向き合い方やコミュニケーションの取り方が明らかになってくるはずです。自分自身の現在地を知るために、早速できることから始めてみましょう。



EQは、育児に励む母親のQOLに影響する


ここまでEQについて考えてみて、EQとQOL(Quality of Life:生活の質)が相関関係にあると言えば、きっとご理解いただけるのではないでしょうか。つまり、EQが高い人は、一般的にはQOLが高いということです。

QOLにはその人の健康状態が含まれますが、これまでの記事でもご紹介したように健康には「身体的」、「精神的」、「社会的」という3つの側面があります。そしてEQを高めることは、健康における自分自身の感情という「精神的」側面、他者とのコミュニケーションという「社会的」側面を高めることであり、結果としてQOLの向上にも役立つのです。


育児にも影響を及ぼすEQ

そして、このことは育児に励むお母さんについても例外ではありません。

近年、母親による痛ましい乳幼児虐待のニュースを見聞きすることが増えてきました。育児疲れ、子育てによるストレス、あるいは悩みを相談する人の不在など、様々な要因が考えられます。そして、その育児ストレスと密接に関連しているとされるのが、EQの構成要素である「自制心(自己管理)」です。

育児ストレスは、子どもの行動に対して、なぜ私の言うことを聞かないのだろう、私のことを困らせようとしているのか、といった自分自身の感情のコントロールが上手くできていない状況などで募らせることも少なくありません。これが上手く自制心(自己管理)が働くようにすれば、子どもの行動に対してストレスを感じづらくすることができるのです。

つまり、EQを高めることで、育児に励む母親の身体的、精神的健康を良好に保つことができ、ひいてはQOLの向上に寄与してくれる可能性があるのです。より正確には、高いEQを獲得して感情を適切に管理しているという感覚が、身体的、精神的健康に良い影響を与える可能性があるということです。


なぜ育児中にEQを高めることが重要なのか

ある研究※2によれば、育児に励む母親がEQを高めることが重要である理由として、以下の3つを挙げています。

①育児ストレスは精神的なQOLに顕著な影響を与え、EQを高めることで育児ストレスを軽減することができるから(社会的サポートや経済状況などの育児ストレスに関連する要因を制御するのにEQの対処と最も関連している)。

②EQを高めることで、社会的サポートの認識と利用が促進されるから。

③EQを高めることで、自己効力感、目標設定能力、自己認識、他者認識を向上させることができる可能性があり、これにより健康に関連した自発的な行動、自己成長の感情が生じ、結果としてQOLが維持・向上されるから。


EQを高めるために

EQは、先にご紹介したように、個人的スキル、社会的スキルの大きく2つに分類できます。
個人的スキル・要因を改善するためには、感情の管理、自制心、自己効力感といったものを育む施策、社会的スキル・要因を改善するためには、健康診断、保健師によるアドバイス、経済的支援などが考えられます。
欧米圏では育児ストレスを軽減するために個人的スキル・要因に着目した取り組みに力を入れているところ、これまでの日本では、社会的スキル・要因の改善に傾注していた傾向が見られます。これからは、日本でも個人的スキル・要因に着目した取り組みが必要になってくるのではないでしょうか。



EQは人生のあらゆる場面で活きてくる

今回は、EQの基本的概念や測定方法、その重要性についてご紹介しました。
端的に言ってしまえば、EQを高めることで人生のあらゆる場面に活かすことができ、QOLを向上させることができるのです。EQは、あなたの人生を思い通りにしてくれると言っても過言ではないほど大切なモノなのです。

次回は、EQを高める実践的な方法についてご紹介したいと思います。今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


<参考文献>

※1 トラヴィス・ブラッドベリー、ジーン・グリーブス著、関美和翻訳、『EQ2.0(「心の知能指数」を高める66のテクニック)』、サンガ、2019
※2 Junko Ohashi, Toshiki Katsura, Akiko Hoshino, Kanae Usui、” An Analytical Model / Emotional Intelligence Quotient and QOL in Mothers with Infants in Japan”、J Rural Med. 2013; 8(2): 205–211. 、https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4309338/、2023年10月30日閲覧

・Lluna María Bru-Luna, Manuel Martí-Vilar, César Merino-Soto, José L. Cervera-Santiago、“Emotional Intelligence Measures: A Systematic Review” Healthcare (Basel). 2021 Dec; 9(12): 1696. 、https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8701889/ 、2023年10月30日閲覧
・Julián Alfonso Muñoz-Parreño, Noelia Belando-Pedreño、“Emotional intelligence, spelling performance and intelligence quotient differences based on the executive function profile of schoolchildren” EJN Volume58, Issue8, October 2023, Pages 3879-3891、https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ejn.16152 、2023年10月30日閲覧
・Emotional Intelligence Training Company Inc.、“EQ-i 2.0 is the world’s leading measure of emotional intelligence”、https://www.eitrainingcompany.com/eq-i/ 、Emotional Intelligence Training Company Inc. 、2023年10月30日閲覧