「怒り」とどう向き合っていけばいいのか?~真のアンガーマネジメント~


喜んだり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだり…あなたは日々、刻一刻とさまざまな感情を抱いているのではないでしょうか。私たち人間は、望む・望まざるにかかわらず、感情というものが自然に生じてくるものです。もしかしたら、感情が生じる、と言うにとどまらず、「感情に支配されている」と言っても過言ではないかもしれません。
この思い通りにならない感情によって、「やめておけばよかった」「失敗した」と後悔することになった経験は、きっとあなたにもあるはずです。さまざまな感情の中でも、昨今、特に大切になっているのが「怒り」の感情をマネジメントすること、つまり「アンガーマネジメント」です。
その背景には、ハラスメントを看過しない世の中になってきていること、多様性を重んじる(自分の意見を相手に押し付けない)世の中になってきていることなどがあります。つまり、感情に支配され、それを発散する人が生きづらい社会になってきているのです。
人との関わり合いの中で社会生活を営んでいくためには、感情、特に怒りをコントロールすることが必須になっているのです。

そこで今回は、怒りをコントロールする「アンガーマネジメント」についてご紹介します。

☆「怒り」とは?

怒りという感情は、眉間にしわが寄り、目を見開き、顔が紅潮するといった表情に表れやすく、また血圧が上がったり、震えたりといった身体的な反応も見て取れるので、「怒っている」という事実に気がつくことはいとも簡単なことです。

でも、「それでは今から怒ってください。どうぞ!」と言われたら、あなたは怒りの感情をすぐに抱くことができるでしょうか?
演技をすることはできるかもしれませんが、これはとても難しいことです。
それでは、「あなたって本当に無能だよね。人として最低だよ!」と言われたらどうでしょう?
きっとすぐにでも怒りの感情が湧き上がってくると思います。
この2つのことからわかることは、「わたし」がターゲットとなり攻撃(口撃)されていると感じることで、容易に怒りの感情を引き出すことができるということです。
つまり「怒り」とは、身体的、精神的、社会的に「わたし」が攻撃されたと感じ、冷静さを欠いている状態のことを指すのです。

急に叩かれたり、すれ違いざまに肩をぶつけられたりという、身体的「わたし」が攻撃されたとき、怒りが湧き上がってきますよね。
また、自分の大切にしている価値観や考え方を否定されたり、嫌味を言われたりという、精神的「わたし」が攻撃されたときにも、怒りが湧き上がってきます。
さらには、仲のいい友だちにしか話していないことを大勢の前でバラされたり、仲間外れにされたりという、社会的「わたし」が攻撃されたときも、怒りが湧き上がってくるでしょう。
怒りの原因が非常に複雑なのは、このように怒りの原因が多岐にわたるからであり、相手の「わたし」、より正確には「わたし」像(自分が自分をどのような人間と定義しているか)を理解できていないからなのです。

「攻撃を受けた」と脳が判断すると、怒りの感情が湧き上がります。
怒りの感情は、脳の原始的な部分である大脳辺縁系の扁桃体が優位になって、論理的な思考を司る前頭前野の働きが抑えられ、情報が視床下部に伝わると、ノルアドレナリンが分泌され、交感神経が活性化します。これが、顔が紅潮したり、血圧が上がったり、震えたりといった身体的な反応を起こしているのです。
また、前頭前野の働きが抑えられることにより、IQが下がって、冷静な判断ができなくなります。
感情的になって怒りのままにけんかをすると、支離滅裂なことを口走ってしまうのはこのためです。

ディベートでは、相手を怒らせて論理的に破綻していること言わせようとするのは、もはや常套手段になっています。
ちなみに仏教では、「憤怒(忿)」、「怨恨(恨)」、「悪意(悩)」、「妬み/嫉妬(嫉)」、「残酷(害)」なども、怒りから派生したものとして挙げています(※( )は仏教用語)。
人は、怒りの感情を長時間持ち続けることができません。
怒りのみならず、あらゆる感情の後には、必ずセロトニンが分泌されます。
つまり、遅かれ早かれいつかは元の状態、リラックス状態に戻ることになるのです。

しかし、しっかり対処しないと、ふとしたときに怒りが再燃してしまったり、別の感情に派生してしまったりして、やがてネガティブな感情に支配されてしまいます。
だからこそ、怒りはしっかりとコントロールすることが必要なのです。


☆アンガーマネジメントの方法


それでは、怒りをコントロールするためには、どうしたら良いのでしょうか?
「1.怒りを感じた後」、「2.怒りを感じた瞬間」、「3.怒りを感じる前」の3つの段階に分けて見てみましょう。

1.怒りを感じた後


○怒りをぶつけた結果を振り返る

怒りを感じてしまった後に対応するのが、最も初歩的な方法と言えます。
実際に怒りを感じてみることで、初めてわかることもあるからです。
あなたの怒りの感情をぶつけた場合、どうなったでしょうか?
相手も怒って口をきかなくなったり、すごく悲しい顔をしてしまったり…良い結果になったことはないのではないでしょうか。
この事実を認識することで、怒りを誰かにぶつけたとしても誰も幸せにならないということが理解できるはずです。
そうすれば、同じ過ちを繰り返すことを防ぐことができるでしょう。

2.怒りを感じた瞬間

怒りを感じた、まさにその瞬間にその怒りを鎮めることがとても重要です。
怒りを放置しておけば、その怒りが増幅して、いずれ人を傷つける行動に出てしまう可能性が高くなるからです。

○怒りを直視する

まずは抱いた怒りの感情を直視することが大切です。
伝統的な仏教の修行の中に、怒りを直視し問いかけるというものがあります。
その怒りは、どこにありますか?どんな形をしていますか?どんな色をしていますか?と問いかけることで、怒りというものは実体も何もないもの(仏教用語で言う「空(くう)」)だということに気がつくでしょう。
こうすることで、心を縛りつける怒りが起こる余地がなくなり、思考や感情を自由にすることができるのです。
怒りは直視すると、その威力が徐々に収まっていくものです。
怒りの原因は多岐にわたり、それらが複雑に絡みついて生じ、派生するものですが、怒りは元々実体のないものであり、生まれながらにして有しているものではないのです。
もちろん、すぐには完璧に直視することができないかもしれません。
しかし、チベット語の瞑想が「習熟」を意味するように、修行する、怒りを直視し続けることによって、自然にできるようになっていくのです。


○怒りに対する「解毒薬」を使う

私たち人間は、同じ対象に対して、相反する感情を同時に持つことはできません。
例えば、愛と憎しみを文字通り同時に感じることはできるでしょうか。
これはできないはずなのです。
つまり、憎しみを抱いたときに、愛の感情を引き出すことができれば、その「愛」は憎しみの解毒薬となるのです。
俳優の竹中直人さんの芸に、「笑いながら怒る人」というものがありますが、この面白さは本来同時に存在し得ない「笑」と「怒」があるからです。
つまり、「怒り」の感情が起きたときには「笑」がその解毒薬になるのです。
先程もお話した通り、怒りには実体がなく、仏教でいう「空(くう)」なのです。
これが何を意味するかというと、「怒り」がどこかへ消えてしまって空っぽになるということではなく、はじめからその実体がないということです。
このことがわかれば、「怒り」の頑固さを簡単に打ち砕くことができます。
この解毒薬(空であることに気づくこと)は、怒りだけではなく、他のネガティブな感情にも効きます。
どの感情も実体を持たないという意味では同じなのですね。


○怒りを娯楽にしてしまう

怒りが湧いてきたときに、それをエンターテインメントとして楽しむ方法です。
そんなことできるの?と思うかもしれません。
これは、エンターテインメントとして楽しむ、どうやって楽しもうかなと考えることで、思考を司る前頭前野が活性化します。
そうすると、怒りの感情を引き起こす扁桃体(大脳辺縁系)の働きが弱まるので、怒りの感情を抑制することができるのです。
できるかぎり前頭前野を活発にすると効果的なので、よりクリエイティブにより深く考えると良いでしょう。どうやって仕返ししてやろうかな、という復讐方法を考えてみてもいいかもしれません。
もちろん怒りを抑えるために考えることですから、決して復讐は実行に移さないようにしてくださいね。

3.怒りを感じる前

アンガーマネジメントにおいて最も大切なことは、そもそも怒りの感情を抱かないようにする、ということは言うまでもないでしょう。

○瞑想や深呼吸をする

怒りの原因となるような出来事が発生したとき、あるいは発生しそうなときには、目を閉じて瞑想をしたり、深呼吸をしたりしましょう。
そうすることで、副交感神経が活性化し、身体がリラックス状態になって、セロトニンが分泌されやすくなります。
怒りの感情が湧き上がったり、増幅したりするのを抑えることができます。


○感情を変化させ媒体として利用する

少しわかりづらいかもしれないので、例を挙げてみましょう。
あなたがおならを我慢しているとします。
ずっと我慢をしていたら、お腹がパンパンになってしまい、痛くなってしまいます。
だからといって、我慢をせずにTPOをわきまえずにプップ、プップしていたら、嘲笑されたり、行儀の悪いヤツだと思われたりするでしょう。
バレないようにガス抜きをしたり、人のいないところで一気に出したりする対処法もありますが、最も効果的な対処法は、そもそもガスがたまらないような食生活を心がけ、腸内環境を整えるということです。
怒りもこれと似たようなものです。
怒りがそもそも湧かなければ、抑制する必要すらありません。
我が子がちょっとした悪さをしたときに、いきなり怒鳴りつけたりせず、「こらこら、ダメだよ~」と言ってたしなめるように、心が慈愛で満たされていると怒りの感情は湧いてこないのです。
相手に対する慈愛の心をいつでも引き出せるように、寛大な心を養っていくことが大切なのです。
精神性の向上も、筋トレと同じように、徐々に負荷を上げていって、それに適応できるように成長させることができます。
精神修行に励み、自分の内面的な変革を起こすことが、アンガーマネジメントの最も効果的な方法であり、最適な方法なのです。


☆怒りをコントロールして精神的な強さを手に入れよう!

アンガーマネジメントというと、怒りがピークを超えるのを待つ「6秒ルール」に代表されるように、怒りが湧きあがってきたときの対症療法に焦点が当たりがちです。
しかし、一度怒りが生じて、常軌を逸してしまうと、理性を保つのは非常に大変なことです。
だからこそ、怒りに取りつかれないように即座に対応すること、さらには怒りがそもそも生じないようにすることがとても大切になってくるのです。
そのため、怒りを直視して、内側から自己変革に取り組むように日々の心がけや鍛錬を続けていかなければなりません。
今回の話が、あなたの心を怒りから解放し、人生を充実させるきっかけになれば幸いです。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

<参考文献>
・ダライ・ラマ、ダニエル・ゴールマン著、加藤洋子訳、「なぜ人は破壊的な感情を持つのか」、アーティストハウスパブリッシャーズ、2003
・セネカ著、兼利琢也訳、「怒りについて他二篇」、岩波書店、2008
・苫米地英人、「感情」の解剖図鑑:仕事もプライベートも充実させる、心の操り方、誠文堂新光社、2017