QOL(クオリティ・オブ・ライフ;生活の質)の向上にとって欠かせない健康。
病気にならないようにするために、健康を害することがないようにするために、必要になってくるのが「予防」です。
新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、「予防」接種をした方も多いかと思います。
これは新型コロナウイルス感染症に罹患しないよう、あるいは罹患しても症状が重くならないようにあらかじめ防ぐことを目的としたものですよね。
予防策を講じることは、私たちの生活に大きな恩恵をもたらしてくれるのです。
現代の日本が抱える問題を背景に、近年、予防を目的とした医療「予防医療」が注目を集めています。
そこで今回は、「予防医療」について、お話してみたいと思います。
予防医療はなぜ必要なのか?
「予防医療」とは、文字通り病気等にかからないように予防することを目的とした医療のことを指します。通常「医療」というと、病気を治したり、ケガを治したりといったように、身体に生じた何らかの不具合を後発的に対処するものをイメージしますよね。
予防医療は、そもそも身体にこのような不具合が生じないようにするため、先手を打って行われる医療なのです。
それでは、なぜ今この予防医療が必要だと叫ばれているのでしょうか?
その最たる理由が「超高齢社会」の到来です。
「超高齢社会」とは、65歳以上の人口の割合が全人口の21%を占めている社会のことを指します。
日本は世界的に見ても平均寿命が長く、長寿国だと言われています。
これは喜ばしいことではありますが、良い側面だけではありません。
日本が長寿国である所以の一つに、医療水準が高いことが挙げられており、日本には病気やケガをしても、それらを治癒するための体制が整備されているのです。
これが何を意味するかというと、例え病院のベッドで寝たきりであったとしても延命措置を施されながら生きていれば、平均寿命が長くなるということです。
実は、このような病院のベッドで寝たきりの人も入れた「平均寿命」と、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を算出する「平均健康寿命」には10年前後も差が生じるとされています。
つまり、約10年は寝たきりだったり、介護が必要だったりと、何かしらの制限を受けた生活をしているということです。
家族と一緒にお出かけしたり、好きなことを好きなようにしたりといったことが叶わないというのは、その人自身が一番つらいのではないでしょうか。
それだけでなく、超高齢社会が進めば進むほど、それに伴って国の医療費が増大し、働き世代やその子の世代が、税金や保険料等で大きな負担を強いられることになるのです。
日本の国の医療費は年々大きくなっていっていることは周知の事実だと思います。
日本の国の医療費をこれ以上増やさないようにするため、そして何より国民一人ひとりの健康寿命を延ばしてQOLを向上させるために注目されているのが、「予防医療」なのです。
予防医療の各段階
実は「予防医療」と言っても、病気にならないようにすることだけを指すわけではありません。
予防医療は、その人の段階に応じて、取り組むべき方法があるのです。
一般的には、1次予防~3次予防の段階に分けられますが、今回はそれにさらに段階を付け加えた0次予防~5次予防についてご紹介します。
0次予防
1次予防に先んじて行う予防を指し、健康増進を行う上での環境づくりや個人の努力によらない環境づくりに取り組むのが0次予防です。
例えば、自分の体質を知ることでどんな病気になりやすいかを知るといった個人的なものであったり、街の喫煙所を撤去して喫煙の機会を減らすといった社会的な環境であったりが挙げられます。
健康な人のその状態を維持すること、生活習慣病をはじめとした病気にさせないこと、つまり「ウェルネス」や「未病」の概念に当たるものと言えるでしょう。
1次予防
生活習慣病の原因となる可能性が高い高血圧や高脂血症などを抱えつつも、生活習慣病などのより重い病気にならないようにするのが1次予防です。
メタボにならないように適度な運動やバランスのとれた栄養摂取、そして十分な睡眠をとることも有効な方法と言えるでしょう。
2次予防
生活習慣病に罹患してしまった人について、早期発見、そして早期治療を適切に行い、症状が進行しないようにするのが2次予防です。
病気が進行する前の早期に発見・治療ができれば、現代の医学では完治する可能性が高いため、いかに早く手を打てるかが重要になってくるでしょう。
3次予防
発症した病気が進行してしまった患者の回復を図り、社会復帰を目指す、そして再発しないようにするのが3次予防です。
リハビリテーションや保健指導などがこの段階に当たるでしょう。
身体機能の回復だけではなく、生活習慣改善のアドバイスやメンタルのケアも重要になってきます。
4次予防
高齢者が寝たきりになってしまうことを防ぐのが4次予防です。
一旦寝たきりになってしまうと、そこから身体機能を正常に回復させることが極めて困難になります。
そのため、寝たきりになる前段階のフレイル(虚弱)の段階で踏みとどまり、そこから身体機能の正常化を目指すことが重要なのです。
5次予防
終末期、つまり人生最期のときをできるだけ苦しまずに穏やかに迎えるためのサポートを行うのが5次予防です。
以上が、0次予防~5次予防です。
もちろんすべてが0次予防で上手くいけば、それに越したことはありません。
しかし、万一病気になってしまっても、それ以上症状を進行させないこと、さらには健康を取り戻すために取り組むことを含めて「予防」なのだ、ということがおわかりいただけたのではないでしょうか。
予防は大切である、ということに異論を唱える人はほとんどいないでしょう。
誰もが予防の大切さを認識しているのに、なかなか予防に取り組むことができない。
それはいったいなぜなのでしょうか?
糖質制限ダイエット、食べる順番ダイエット、キャベツ食べるだけダイエット…巷にはありとあらゆるダイエット法に溢れています。
予防にはインセンティブが働かない
では最も効率的かつ効果的なダイエット法は、何でしょうか?
それは、そもそもダイエットを必要とするような体型にならないよう予防することです。
拍子抜けしましたか?
でも、日々必要なだけの栄養、カロリーを摂取して、適度な運動を習慣化していれば、食べたいものを我慢したり、激しい運動をしたりといった極端なことをする必要はないんです。
それができれば誰も苦労しないですよね。
それがなかなかできないから難しいのです。
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件から21年の月日が経ちました。
その追悼集会で朗読され、大きな反響を呼んだ「最後だとわかっていたなら」という詩をご存じでしょうか?その一節にこのような言葉があります。
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
この詩は、大切な人を失ったときに、どうして今まで自分の気持ちを伝えなかったのだろうという後悔の念を表現したものです。
私たちは手にしているモノがいかに大切であるかを普段から意識することはほとんどありません。
大切なモノを失ったときに「初めて」その大切さに気づくものです。
これは、先のダイエットにも同じことが言えます。
去年まで着られた洋服が入らなくなった、久しぶりに会った人に太った?と言われたといった何らかの出来事がきっかけとなり、体重計に乗ってみたら何㎏も太っていた、ということに気がつき、ダイエットを決意することが多いのではないでしょうか。
健康についても、暴飲暴食をしたとしても、直ちに健康被害が表れることは稀です。
しかし、そのような暴飲暴食が続き、生活習慣が乱れて健康を失ったときに初めてその事実、そして健康の大切さに気づくのです。
頭ではわかっていても、それができない。
その理由は、「予防にはインセンティブが働かない」のです。
例えば、あなたが体重50㎏だとして、明日も明後日も、1か月後も1年後も50㎏を維持できた場合、「よっしゃー!50㎏をキープできた!」となるでしょうか?
おそらくならないでしょう。
一方で、もともと50㎏だった体重が70㎏に増えてしまい、ダイエットに励んだ結果、1年かけて20㎏の減量に成功し50㎏になった場合、「よっしゃー!50㎏まで戻ったぞ!」となるのではないでしょうか。
両者は結果として同じ50㎏になったとしても、報酬(インセンティブ)を得たという感覚が違うのです。
予防をしなければ健康を失うのかどうかが不確かであって、予防をすることでどれだけ効果があるのかが非常に見えにくいのです。
この問題をどのように解決するか?
近年この問題の解決に様々な取り組みがなされています。
予防のインセンティブを設計する
インセンティブが働かない予防をいかにして魅力的にするかといった取り組みは、数多くなされています。
その中からいくつか紹介してみたいと思います。
健康増進型保険
通常は暦年齢をもとに算出される保険料ですが、健康診断や人間ドックの結果をもとに算出された「健康年齢」に応じて保険料が決定されるという保険です。
つまり、暦年齢が高くても健康年齢が低ければ保険料が安くなるということです。
健康を維持増進することで保険料が安くなる、という経済的なインセンティブが働く設計になっているのです。
億WALK(FiNC×日本テレビ)
日本テレビが行うカラダWEEKの企画として、FiNCと連携し開催された「億WALK」では、FiNCアプリを通じて参加者全員の累計歩数や個人歩数に応じてポイントを付与するという取り組みが行われました(ポイントは、FiNCのショップでのお買い物に利用可能)。
健康増進に寄与するウォーキングに取り組むインセンティブとして、ポイントという経済的なインセンティブが働く設計にしたのです。
健康増進プログラム(RIZAP)
地域住民が、RIZAPが提供する健康増進プログラムに参加し、その参加者のプログラム前後の健康指標を検証し、健康寿命延伸への貢献度に応じて地方自治体が成果連動型でRIZAPに委託料を支払うというものです。
こちらは前の2つの事例とは異なり、参加者は楽しく健康増進を図るプログラムに無料で参加できる、自治体は住民の健康増進が図られることで医療・介護コストを低減できる、RIZAPは健康寿命延伸に貢献すればするほど委託料をもらえるという「三方良し」のモデルです。
このほかにも、ゲーミフィケーション(ゲーム化)をして楽しく健康寿命延伸に取り組むものがあったりするなど、様々な形でインセンティブ設計が行われています。
今日から「予防」に取り組み、QOLを向上させよう!
今回は、「予防医療」についてお話ししました。
あなたがいかなる状態にあったとしても、「予防医療」に取り組むことはできるはずです。
自分がどの段階にいるのかを把握し、取り組むべきことを検討してみましょう。
そしてすでに提供されているインセンティブだけではなく、自分自身へのご褒美(インセンティブ)を設定して取り組むなど、「予防」に楽しく取り組めるよう工夫してみてください。
それが医療費が増大する日本という社会への貢献であり、何よりあなた自身のQOLを向上させる方法なのですから。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
<参考文献>
・池野文昭、「ヘルスケア・イノベーション」、時評社、2020 ・ノーマ・コーネット・マレック著、佐川睦訳、「最後だとわかっていたなら」、サンクチュアリ出版、2007