心臓から考えるストレス対処法「コヒーレンシー」

あなたは「心臓」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか?
身体全体に血液を送り出すポンプの役割を持っている、酸素や栄養分を送り届けて不要なものを回収する、あるいは心を生み出す場所、様々なイメージがあると思います。
心臓は心筋という筋肉でできていますが、この心筋は不随意筋、つまり自らの意思で動かすことができない筋肉に分類されます。
自らの意思で動かすことができないにもかかわらず鼓動する心臓というと、我々は生きているのではなく「生かされている」のだと言う人もいるかもしれませんが、心臓は自律神経系のはたらきによってその活動が制御されています。
例えば、全力で走った直後は心臓の鼓動が早くなりますが、時間が経つにつれて徐々に落ち着いてきますよね。
また、大勢の人の前で話をするなどで緊張したときや怒りがこみあげるようなストレスを感じたときに、心臓の鼓動は早くなっていることでしょう。
これらは心臓の活動が自律神経系のはたらきによって制御されることにより起こっているのです。
大切なことは物理的なストレスであれ、精神的なストレスであれ、心臓の鼓動と相関関係を有しているということです。
そして、心臓の面から考えるストレス対処法が「コヒーレンシー(コヒーレンス法)」です。
今回は、ストレスに負けない強さを手に入れる「コヒーレンシー」について、ご紹介したいと思います。

コヒーレンシーとは?

それでは「コヒーレンシー」とは何でしょうか?
コヒーレンシー(coherency)とは、可干渉性、整合性を意味する言葉です。
パソコン関連では、メインメモリとキャッシュメモリのデータにおける一貫性のことを指す言葉として使われます。
これだけでは、よくわからないですよね。
健康関連でコヒーレンシーというときは、心身ともに規則的で安定している状態のことを指します。
もう少し詳しく説明してみましょう。
精神的なストレスや緊張を感じているとき、心臓の拍動は非常に不規則で、混沌とした(カオス)状態になります。
健康診断などで心電図の波形をご覧になったことがある方も多いと思います。
P波、QRS波、T波などの波形で構成され、繰り返す間隔を周期と言います。
この周期が大きく乱れる、つまり心拍リズムが大きく乱れた状態になってしまうのです。
このカオス状態を解消し、心拍リズムが規則的で安定している状態(整合性を保ち、一貫性のある状態)のことを「コヒーレンシー」というのです。
精神的なストレスや緊張を感じて手足が硬直したり、震えたりするような状態を解消したときの「心の平安」を手に入れた状態なのです。

なぜ心拍のリズムが乱れるのか?

それでは心拍のリズムが大きく乱れたカオス状態になるのは、なぜなのでしょうか?
心臓はドックン、ドックンという拍動をするたびに、血液を全身に巡らせるために収縮、拡大を繰り返しています。
これは先程お話ししたように、心臓は心筋という不随意筋でできており、自律神経系のはたらきによってその活動が制御されて起こっているものです。
自律神経系とは、大きく「交感神経」と「副交感神経」の2つに分類することができます。
交感神経は、別名「昼の神経」と呼ばれており、ほぼすべての血管を収縮させて血圧を上昇させたり、副腎髄質で興奮物質のアドレナリンの分泌を促したりと身体を活動的にする特徴を持っています。
一方で副交感神経は、別名「夜の神経」と呼ばれ、交感神経の働きとは正反対に働き、血圧の上昇を抑えたり、アドレナリンの分泌を抑制したりと身体を安静状態にする特徴を持っています。
睡眠について学んだ方は、副交感神経を優位にするといいよ、と聞いたことがあるかもしれません。
つまり交感神経の働きが強くなれば心拍は早くなり、副交感神経の働きが強くなれば心拍はゆっくりになります。
このような働きから、交感神経と副交感神経は車のアクセルとブレーキに例えられたりします。
自律神経系に乱れが生じる、つまり交換神経(アクセル)と副交感神経(ブレーキ)の機能が適切に行えなくなると、心拍のリズムは大きく乱れたカオス状態になるのです。
逆に言えば、交感神経(アクセル)と副交感神経(ブレーキ)の機能が適切に働いているとき、それがコヒーレンシーの状態なのです。

コヒーレンシーの効果

ここまでの話で、コヒーレンシーの状態を維持することで、自律神経系(交感神経(アクセル)と副交感神経(ブレーキ))のバランスを調整し、感情を安定させる効果が望めるということはおわかりいただけたのではないでしょうか?
しかし、それだけではありません。
コヒーレンシーの状態に至るためのトレーニングを行うことで、身体的、精神的、そして社会的なストレスを抑制する効果があるということがわかっています。
つまり、「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全な良好な状態」であるとするWHOの健康の定義を具現化するために、大いに役立つということが言えるのです。
ホルモンバランスを調整したり、身体の免疫機能を高めたり、ポジティブな心の状態を保ったりと、身体の生理機能全体に影響を与えているのです。
心臓と脳は、神経系を介してつながっており、相互に影響を与え合っています。
心臓移植を受けた人が、ドナーの好みに似てくるという話を聞いたことがあるという人もいるのではないでしょうか?
記憶は脳だけではなく、心臓の細胞にも宿っているのだとも考えられているのです。
心臓と脳は相互に影響する、だからこそ協調してはたらくコヒーレンシーの状態に至ることが大切なのです。

コヒーレンシーのトレーニング法

ここまででコヒーレンシーの重要性はおわかりいただけたと思います。
それでは、コヒーレンシー状態に至るためには、どのようなトレーニングを行ったらよいのでしょうか?
フランスの医師で神経科学者のセルヴァン・シュレベールは自身の著書『フランス式「うつ」「ストレス」完全撃退法』の中で、以下のような3段階のトレーニング法を紹介しています。

<第1段階:注意を自分の内面に向ける>
まずゆっくりと2回深呼吸しましょう。
肺に残った空気を意識的にすべて吐き切って、自然と空気を吸いたくなるまで息を止めます。
心身ともにリラックスするように、穏やかに息を吐き続けるのです。
このとき心臓のコヒーレンシーを最大にするために注意しなければならないのは、リラックスさせた10~15秒の後、自分の心臓の位置に意識を向けるということです。
マインドフルネス瞑想では、ただ息を吐くことに集中して、頭の中を空っぽにしますが、この点において異なるのです。

<第2段階:心臓を通して呼吸しているということを想像してみる>
ゆっくり、そして深く呼吸を続けながらも、心臓を通して息を吸ったり吐いたりしていることをイメージしてみましょう。
息を吸うことで新鮮な空気が取り込まれ、身体に必要な酸素が供給される、そして息を吐くことで老廃物を身体の外へ押し出してくれるということを頭の中でイメージしてみるのです。
心臓がドクドクと自ら動いていることをただ見守ってあげましょう。

<第3段階:感謝で胸を満たす>
胸の中に広がった熱い感覚や膨らんでいく感覚を自分自身につなげ、その感覚に寄り添い、イメージしながら息を吐くことによって、その感覚を増大させるようにしましょう。
目の前の世界をありのままに受け入れ、そうあることに感謝するという感覚を想起して、その感覚を胸いっぱいに満たすようにしましょう。

以上の3段階のトレーニングは、決して難しいものではないはずです。
このほかにもコヒーレンシーのトレーニング法はありますが、いずれも大切なことは「感謝」や「愛情」といったポジティブな感情で心を満たしてあげることです。
心臓は、これらのポジティブな感情にとても敏感に作用するのです。
生きとし生けるもの、日々そうあることに感謝したり、愛情を持ったりすることで、幸福感に包まれて、コヒーレンシー状態になっていくのです。
心臓と脳が相互に影響を与え合い、コヒーレンシーに至ることで、自律神経系(交感神経(アクセル)と副交感神経(ブレーキ))のバランスを安定させ、身体的、精神的、社会的ストレスにさらされた状態でも、最適な自分でいることができるのです。
コヒーレンシーの状態になったら、心臓がどのような反応をするかに注意を向けるだけで、“心の声”を聞くことができます。
内側から湧き上がる熱い情熱を感じられたのなら、あなたの“心の声”がその接しているものに対して、好感を抱いているということです。
一方で、熱い情熱の波が引いていくように感じられたのなら、あなたの“心の声”はその接しているものを避けたいと願っており、他のモノに情熱を注いだ方がいいと言っているのです。

コヒーレンシーのトレーニングでストレスに対処しよう

今回はコヒーレンシーという観点から、身体的、精神的、社会的なストレスに対処する方法をご紹介しました。
新型コロナウイルスの世界的な広がりは、ストレス社会を一層ストレスフルなものにし、多くの人々がストレスにさらされる事態になっています。
若年層の自殺者の増加という事実が、ストレスに対処する重要性を物語っていると言えるのではないでしょうか。
身体的なトレーニングと違って、精神的なトレーニングはその効果が数値化されず、目に見えないため、継続するモチベーションを保つことが難しいと思います。
しかし、日々の積み重ねがいつか大きな成果となって表れるのです。
今回ご紹介した方法で著しい効果を実感できる方もいれば、あまり効果を実感できない方もいるかもしれません。
一つの方法でうまくいかなければ、別の方法を試してみたり、複数の方法を掛け合わせて実践したりしてみましょう。
あなたに合う方法を見つけることができれば、人生はもっと楽しく、前向きに過ごすことができるはずなのです。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

<参考文献>
・セルヴァン・シュレベール、ダヴィド著、山本知子訳、『フランス式「うつ」「ストレス」完全撃退法』、アーティストハウスパブリッシャーズ、2003