QOLを向上させるコーチング

近年、働き方改革や副業を解禁する企業の増加を背景に、本業以外の仕事を行う人も増えています。
その中でも人気のある仕事の一つが、コーチングです。
「〇〇コーチ」や「コーチング」という言葉をよく見聞きするようになったのではないでしょうか。
これまでコーチと言えば、サッカーコーチや野球コーチなどのスポーツ指導を行う人を指すことが一般的でした。
しかし、今やビジネスコーチ、メンタルコーチ、恋愛コーチなど、その分野はスポーツに限らず多岐にわたります。
なぜ今、これほどまでにコーチ、コーチングが流行を見せているのでしょうか。
今回は、「コーチ」「コーチング」についてお話ししてみたいと思います。

「コーチ」「コーチング」とは何か

コーチやコーチングを理解する上で、まず「コーチ」「コーチング」という言葉の意味を理解することが大切です。
辞書(Oxford Languages)によれば、「スポーツの技術などを指導すること。またその人。」と説明されています。
辞書的な意味では、やはりこれまでの「コーチ」「コーチング」をイメージするのではないでしょうか。
そこで、コーチ資格の認定等を行っている世界的コーチング組織である国際コーチング連盟(ICF)の定義を見てみると、以下のように説明しています。

思考を刺激し続ける創造的なプロセスを通して、クライアントが自身の可能性を公私において最大化させるように、コーチとクライアントのパートナー関係を築くこと ※

この説明を見てみると、だいぶ「コーチ」「コーチング」という言葉のイメージが変わったのではないでしょうか。
「パートナー関係を築くこと」という点から、指導することに重きを置いているのではなく、「関係性」を重視している概念であるということがわかります。
このことは、現在のスポーツ界の潮流でも顕著に表れています。
日本では、「コーチ―選手」間の関係性は、教える人と教えてもらう人という上下関係があり、辞書的な意味でのコーチングが主流でした。
これは、「学校体育の教師―生徒」間の関係が、部活動を通して行われるスポーツの場に、そのまま関係性を引き継いでいたことが一因にあると言われています。
しかし、世界的には「コーチ―選手」間の関係性はパートナー関係であり、そこに上下関係は存在せず、常に対等な立場なのです。
大阪なおみ選手が四大大会で優勝した後に、次のステージに進みたいという理由で当時のメンタルコーチとの契約解消を発表しましたが、選手がコーチを選ぶという象徴的な出来事だったと言えるのではないでしょうか。
また、ICFの定義で着目したいのが「思考を刺激し続ける創造的なプロセス」という点です。この点からも、「teach(教えること)」と「coach」は異なる概念であるということがおわかりいただけると思います。
そもそも「コーチ」という言葉は、ハンガリーの町名「Kocs」に由来すると言われています。
この町で四輪馬車が最初につくられたことから、その馬車を「kocsi」と呼び、英語圏に入って「coach」と呼ばれるようになったと言われています。
コーチとは、人を目的地に送り届けるもの(馬車)を意味していたということですね。
大切なことは、クライアント(コーチングを受ける人)がゴールを決め、それを送り届けるのがコーチであるということ。
決してコーチがゴールを決めて、クライアントが従うものではないということです。
もしあなたが親御さんであれば、お子さんに自分の価値観を押しつけたりしていませんか?
そうだとしたら、それは思考を刺激し続ける創造的なプロセスではなく、お子さんの無限の可能性を奪ってしまっているかもしれません。

コーチングのステップ

「コーチ」「コーチング」の意味はおわかりいただけたと思います。
それでは、コーチングはどのように進めていけばいいのでしょうか。
コーチングは、大きく5つのステップに分けることができます。

1.ゴールを設定する(スコトーマを見つける)
2.現状を把握する
3.ゴールと現状のギャップを埋める行動計画を立てる
4.行動計画を実施する
5.実施を振り返り、より良く改善する

1について、コーチングを説明しているものの中には、現状を把握することから始めるとしているものもありますが、こちらはオススメしません。
なぜなら先に現状を把握してしまうと、ゴール(夢・目標)を現状に合わせてしまい、小さな現実的なゴールしか設定できなくなってしまうからです。
まずは、自分のゴールは自分自身で決める、自分にとっての成功とは何かを自分自身で定義しなければ、何も始まらないということです。
ゴールは大きければ大きいほど良いと言うと少し語弊があるかもしれませんが、少なくともそれを達成したときに心から喜べるようなものでなければ、ゴールを設定する意味がありません。
このとき注意しなければならないのは、スコトーマ(心理的盲点)がある可能性が非常に高いということです。
スコトーマがあると物事を偏った見方しかできなくなるため、本当のゴールを設定することが困難になります。
このスコトーマを解消する方法として、「アファメーション」という方法があるので、後ほどご紹介します。
2について、ゴールが設定できたら、スタート地点となる自分自身の現在地を把握する必要があります。
あくまでもゴールを達成するために必要なスキルや要件を洗い出すためであり、「自分はなんてダメなヤツなんだ」と落ち込むために行うのではないことに注意しましょう。
3~5について、いわゆるPDCAサイクルと呼ばれるもので、計画し、実行し、評価し、改善するということです。
これらの各ステップにおいて、思考を刺激し続ける創造的なプロセスを通して、そのゴール達成のサポートを行うのがコーチなのです。
ちなみに、『マインドセット「やればできる!」の研究』という書籍の中でも紹介されていますが、コーチは頑張った結果をほめるのではなく、プロセスをほめるべきです。
結果をほめると、万一思わしくない結果が出たときに、自分はダメなヤツなんだとセルフイメージが悪くなってしまい、モチベ―ションが下がってしまうためです。
コーチングを行うときは、結果ではなくプロセスを大切にしましょう。

「引き寄せの法則」の正体~アファメーションで欲しいものを「引き寄せる」~

スピリチュアルが好きな方は、「引き寄せの法則」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
自分が欲しいものを強くイメージすることで、その欲しいものが自然と引き寄せられるということです。
このような現象は実際に起こるのですが、正確に言うと、「引き寄せ」ているのではないのです。
例えば、セール品のTシャツを着て街を歩いていたら、同じTシャツを着ている人とすれ違って恥ずかしい思いをした、という経験はないですか?
これは、同じTシャツを着た人を「引き寄せ」たわけではないですよね。
セール品の安いものだと知られたら恥ずかしいという意識が潜在的にあり、それにより同じTシャツという情報を無意識に「選び取る」ことが起こったのです。
もう少し違う例を考えてみましょう。
1.部屋の中を見回してください・・・赤いものは何個ありますか?
2.部屋の中に赤いものは何個ありますか?・・・見回してください。
さて、1と2では、どのような結果になるでしょうか?
間違いなく2の方が正確な数字を言い当てることができますよね。
これは部屋を見回すという動作の前に、「赤いものが何個あるか」、それが重要な情報ですよということを教えていたからです。
これらの例からわかるのは、意識的にしろ無意識的にしろ、その人が重要だと思っている情報を自ら選び取る、つまり絶えず五感を刺激する情報の中から、自分にとって重要な情報だけに注意を向けているということです。
「引き寄せ」ているのではなく、「選び取る」ということですね。
あなたの視界には絶えず自分の鼻の頭(という視覚情報)が入っていますが、それが重要でなければ「見えていない」ですよね。
ここに自己啓発の必要性があります。
「自分はダメなヤツ」というセルフイメージを持っていれば、自分がダメであるという情報を選び取り、逆に「自分はイケてるヤツ」というセルフイメージを持っていれば、自分はイケているという情報を選び取ることになるからです。
どちらがQOL(Quality Of Life:生活の質)の高い人生を送れるかは言うまでもないでしょう。
そこでセルフイメージを向上させるため、肯定的な言葉を自分自身に投げかける方法である「アファメーション」を活用することがとても有効なのです。
なぜ肯定的な言葉が必要かというと、脳は否定形を判断できないからです。
例えば、「真っ赤な犬を絶対想像しないでください」と言ったとします。
そうすると、脳には「真っ赤な犬」がイメージとして残ってしまうはずです。
禁止されると逆にしたくなるという心理も、「〇〇してはいけません」と言われると〇〇している状況をイメージしてしまうことも一因だと考えられます。
また、アファメーションは現在形で行うことも必要です。
「〇〇になれたらいいな」などの未来の願望ではなく、「〇〇になっている」と現在すでに達成している状況をビジュアライズ(視覚化)することでよりリアルに感じられるのです。
映画やテレビなど画面上の情報を見聞きしながら、手に汗握ったり涙を流したりするのは、現実世界よりも作品の世界をよりリアルに感じているからですよね。
あなたがゴールを達成したときの姿をよりリアルに感じることができれば、それに必要な情報を自然と選び取り始めるのです。

コーチングの技法を活かしてQOLの高い人生を送ろう

最後にもう一つ大切な概念、「コンフォートゾーン」についてご紹介します。
コンフォートゾーンとは、その名のとおり居心地の良い場所という意味で、物理的な場所だけではなく、心理的な場所をも指しています。
コンフォートゾーンは自分の実力を最大限発揮する場所になる一方で、三日坊主で終わってしまう原因にもなり得る、いわば諸刃の剣です。
コンフォートゾーンが変わらない限り、あなたはずっとその場所に留まろうとするでしょう。
そのためゴールを達成していくためには、コンフォートゾーンをゴールに向かって少しずつズラしていくことが必要になってきます。
その方法がアファメーションによる肯定的な言葉、ビジュアライゼーションを利用することであり、ゴールを達成したときの自分をよりリアルにイメージすることで、現状に居心地が悪くなり、ゴールに向かってコンフォートゾーンをズラすことができるのです。
そして、それらを思考を刺激し続ける創造的なプロセスを通して、パートナー関係を築き導いていくのがコーチの役割なのです。
以前の記事でも触れましたが、コロナ禍において若年者の自殺が増加しています。
日々の生活に生きがいを見いだせず、将来に夢や希望を抱けなくなっているのです。
孤独を感じている人、生きがいを見い出せない人に手を差し伸べ、将来の夢や希望に向かって導くコーチ、コーチングが今こそ必要なのではないでしょうか。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

<参考文献>
※国際コーチング連盟日本支部、2019、「国際コーチング連盟の定める倫理規定」、 http://icfjapan.com/icf-code-of-ethics 、2021.7.15閲覧
・キャロル・S・ドゥエック、マインドセット「やればできる!」の研究、草思社、2016